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真っ直ぐに歪んで【文スト/短編集】

第1章 それでも君は、【太宰治】


再び傷口を開かれたにも関わらず、
愛おしいものを見つめるかのように
私の行為を見届けている宵朝。




そんな眼差しかなんて分からない。
そう思いたいだけかもしれないが、



そう思わざるを得ない眼差しであるのは
確かだった。




「なんか、太宰らしいね」




その言葉に指を舐めるのを
止めてしまう。



私らしい、とは何なのだろう。
変態じみた行為が?
歪んだ愛情表現が?




「あー別に深い意味は無いんだけどね」




またしてもその眼差しだ。



一体彼女は私に対して
どんな感情を
どんな次元で
抱いているのだろうか。




今度こそ完全に止まってしまった血を
惜しむように指に残った唾液を舐め取り、
衣嚢にしまっていたハンカチで
丁寧に拭う。




「傷口、広がってしまったかもしれない」

「いいよ。それくらい」




まだ赤みのある細い切り傷を
優しく撫でる。
痛みはもう無いのだろうか。




もしくは最初から無かったろうか。
私は何の痛みも感じないほど、
むしろこの行為に快感を覚えるほどだった。




宵朝はどう感じたのだろう。




「太宰、寒いから場所変えてよ」


「此処が善いと言ったら?」


「初めて会った場所だからなのだとしたら、変えない」





「覚えていたのかい?」




声が震えた。
彼女がこんな普通な思い出如きを
覚えていてくれるだなんて思っていなかった。




もしも気づかなければ
思い出すまで此処に監禁してしまおうと
思っていたのに。




「覚えてるも何も、忘れられないし」


「そう。そうか」


「で、だから此処がいいの?」


「いいや、もう善い。場所を変えよう」




気づけば床についていた手を
宵朝へと差し出し、
立ち上がらせる。




羽織っていた外套を宵朝の肩にかけて
前をぴったりと閉じる。




「自分で脱がせたんでしょ」

「それはそうなのだけど。
何だか堪えられそうに無くてね」




小一時間ほど前までは


宵朝を壊してしまうのでは
無いかという不安と
やっと手に入れられるという期待感で、
話すのもままならなかったのに、




また言葉を交わしている。







幸福だ。
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