第26章 事変
それから更に少し経って。
沙織ちゃんが引っ越した。
野薔薇ちゃんと二人で見送ったけど、その時誰がなんて言ったとかどんな天気だったとか、思い出すことができない。
でも、とにかく野薔薇ちゃんが顔をベチャベチャにして泣いていた。
この子も泣くんだと、その衝撃で他の事が頭に入ってこなかったんだと思う。
だって私といる野薔薇ちゃんはいつも大きく口を開けて笑っていたから。
今年の6月。
野薔薇ちゃんが東京の高校に通うことが決まった。
お祖母ちゃんと揉めて時期が中途半端になってしまったらしい。
家から駅までの道を、いつもと変わらない風景の中二人で歩いた。
私は学校指定のカバンを。
野薔薇ちゃんはキャリーケースと大きなリュックを背負って。
それだけがいつもと違う。
大きな歩幅で歩く野薔薇ちゃんの少し後ろを歩いて、陽気な彼女の声を聞いていた。
何を話していたかなんて覚えていない。
彼女の背中をこうして見ながら歩くことも、楽しそうに笑う彼女の顔を見ることも、この温もりは確かにあって、だけどその温もりを感じることができるのは今日で最後。
始発の電車に乗るために、早起きした私達。
ド田舎の朝なんてとても静かで、まるで世界に2人きりだけのような気がして、思わず零れたその言葉に野薔薇ちゃんは笑った。