第1章 戯れ
その晩も女は何処かへ行こうとする。
気付かれぬようこっそりと無惨が追いかけると、女は手拭いを手に取って、普段誰も入ることのない一室へと入って行く。
音を立てないよう無惨がそっと扉を開けると、女は入り口に背を向けて、その背を丸めながら小さく啜り泣いているように見えた。
「どうした、珠世」
背後から声を掛けると、その小さな体がびくんと跳ねた。
振り返った彼女は着物の合わせを慌てて押さえ、赤い顔をして忌々しそうに無惨を睨み付けている。
──合わせを押さえて赤い顔、こちらを睨む……?
珠世に睨まれることは常であったが、その時彼の頭の中に、ある一つのふしだらな行為がよぎった。
──もしや珠世は、自慰をしていたのではないか?
淑やかで気高い珠世に限って、と思ったが、珠世だって成熟した女の体を持っているのである。そのような行為をすることだってあるのではなかろうか。
「珠世、私に隠れて何をしていた」
自身でも口角が上がっていることが解った。
尋ねられた珠世は頬を赤らめたまま俯いている。
「どうした、聞こえないのか」
そう言うと無惨は珠世の帯に手を掛けた。
鬼になる前は貞淑な妻であった珠世が、こういった淫らな責めに対して滅法弱いことを彼は知っていた。少々不埒な真似をしただけでつまらないほどあっさりと吐いてしまうのだ。
無惨は「どうした、どうした」と粘着質に尋ねながら片方の口角を上げては珠世の帯を緩めてゆく。
しかし珍しく今日の珠世は固く口を噤み、答える素振りすら見せなかった。
──それはそうだろう。自慰をしていたなど言える訳がないだろうからな──
ククッ、と嗤う声が漏れそうになるのを抑えながら、無惨は身を固くして俯く珠世を舐めるように見た。
見れば見るほどいい女だ、と思った。
このように美しく聡明で貞淑な女の自慰はどのようなものなのかと強く興味が湧いた。
そうとなれば、とことん辱めて吐かせてやろう、という心持ちになったのだった。