第25章 あの日
清水 side
『…ひばりちゃんは今日のことは誰にも言うなと、私の机の上にあったガラスの写真立てを床に落として部屋を出ていきました。音を聞いて駆けつけた影山くんは、指から血を流す私を見てすごく心配してくれたんですけど…私、何も言えなくて……約束しちゃったから』
美里ちゃんが聞かせてくれた話は、とても小学生のした体験とは思えないくらいに壮絶なものだった。美里ちゃんの震える冷たい手を握りながら、私は胸が締め付けられる思いだった。
『その日からひばりちゃんとは、卒業するまで一切会話もありませんでした。あの頃はずっと、いつも心のどこかであの約束が重くのしかかっていたんです。とにかく影山くんと離れるのが嫌で、怖くて…』
「うん…」
『そんなことがあって、私と影山くんは今みたいな関係性になりました』
「名前で呼ばない、幼なじみでも知り合いでもない…他人のフリ?」
『…はい。最初は飛雄も周りの子も戸惑ってましたけど、5年生になる頃にはそれが日常に変わっていきました。中学からは元々の関係性を知ってる人もほとんどいなかったので、それこそ全く違和感もなくて』
「美里ちゃんは、どうして影山と他人のフリをはじめたの?」
『どうしてなんでしょう…多分もう二度と同じ思いをしたくなかったのかもしれません。私たちの関係が知られていなければ、あんなことを言われずに済むじゃないですか』
「…そっか」
『今考えてみたらよく分からないんですけどね…でも私、あのあとすぐに影山くんにそうしようって提案してました』
「………」
きっとあの子は、2人の心に芽生えた恋心にいち早く気が付いてしまったんだ。だから、それらが花咲く前に摘み取ってしまおうと必死だったのだろう。
そして美里ちゃんは美里ちゃんで、無意識のうちにあの約束から逃れようとしたのかもしれない。心の葛藤と戦いながら、一番近く大きな存在である影山と他人であろうとした。
家族でも幼なじみでもない人。
すなわち、他人。
そうすれば、その想いは誰にも咎められないから。
…きっとこれは美里ちゃん本人すら気付いていない自己防衛。
幼い彼女が最も頼りたかったはずの影山に背を向けて、ひとり苦しみ、もがきながら出した必死の答え。