第25章 あの日
広い海にひとり遭難したような私をよそに、ひばりちゃんはますますヒートアップしていった。
「ていうか、家族じゃないのに一緒に住んでるなんておかしいじゃん!一緒の家に住んでいいのは家族だけなんだよ、そんなことも知らないの?家族じゃないのに同じ家に住むなんて変だし、それって本当はいけないことなんだからね!先生に言っちゃうよ!」
“いけないこと” と言われた私は途端に怖くなり、飛雄とは生まれた時から一緒だから家族みたいなものだと反論した。しかしそれは、かえってひばりちゃんの要求を手助けする言葉となってしまった。
「家族なら絶対に好きになっちゃダメだよね!?家族のことを好きになったらいけないんだって、ママの観てるドラマでやってたもん!家族に好きになられたら、飛雄くんだって気持ち悪いって思うし、ママたちも先生たちも怒って美里ちゃんに家から出ていけって言うよ!?飛雄くんと一緒にいたらダメって言うよ!?」
…飛雄と離れる?
飛雄に嫌われる?
『そんなの、絶対に嫌だ…っ!』
涙を堪えて言う私に、ひばりちゃんは諭すようにこう言った。
「それなら、普通の家族でいるしかないよね?美里ちゃんも飛雄くんも、家族でも幼なじみでもない人を好きになるの。だってそれが普通で当たり前だもん」
それが普通、それが当たり前…。
私は、飛雄と離れることが何よりも恐ろしかった。飛雄に嫌われるなんて想像しただけで震えが止まらなくなった。
そんな私を見たひばりちゃんは最後に冷たく囁いた。
「約束して?これから先、絶対に “飛雄” のことを好きにならないって」
それはまるで、契約を持ちかける悪魔のようだった。
私は心の中で葛藤しながらも、飛雄と離れることへの恐怖に屈し、やがて小さく頷いた。するとひばりちゃんは満足げに微笑み「じゃあ指切り、美里ちゃんが言ってね」と小指を差し出した。
その瞬間、私の心は絶望に染まった。
──これで後戻りはできない。
私はギュッと目を瞑り、震える小指を絡めた。
『…指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます』
消えそうなほど、小さな声で誓った。
そしてひばりちゃんは、絡む指を見ながら冷たく微笑んで言った。
「“美里”…約束、絶対に破らないでね?
…指切った」