第1章 キミが泣いたあの日
『……っ』
私はギョッとした。
だって彼の涙なんてもうしばらく見ていなかったし、一与さんのお葬式でさえもすすり泣く私の隣で涙を見せずに凛としていたから。
え、うそ、泣いてる?
それが本当に涙なのかさえ怪しいくらいの表情なのに、次から次へと水滴が両目からこぼれ落ちる。
私はハッとしてポケットに手を突っ込み、ハンカチを取り出す。するとその拍子にポケットに入っていたサングラスが音を立てて地面に落ちた。
『あ…え、とこれは』
「……」
戸惑う私が拾うよりも先に動いた彼は、拾ったそれに一瞥をくれるとスッと自ら装着した。ジャージにサングラスというなんともアンバランスな姿で声も出さずに涙を流し続けるから目が離せなくなる。
「…見んじゃねーよ」
鼻声だ。
『そう言われても…』
「泣いてねえ」
『まだ何も言ってないのに』
はい、とハンカチを差し出すと彼はそれを無言で受け取って、涙の流れる顔と首元を拭う。
本当に綺麗な指だ。長くて真っ直ぐで少しだけ節の部分が骨張っていて、女の私が素直に羨ましいと思うくらいに綺麗な指。爪は自分のベストコンディションから数ミリでも狂うとボールが引っかかると言ってヤスリ掛けも欠かさないし、ささくれもない。
これら全てはバレーボールに対する愛故。
こんなふうに、技術はもちろん文字通り指の先まで日々バレーボールと向き合っている中学生がこの世の中にどれほどいるのだろうか。ここまでバレーボールに魅了され、頑なに愛し続ける人を私は他に見たことがない。
影山飛雄は今日、
そんな愛するバレーボールに躓いた。
私からの視線を避けるように右側を向いた彼に声をかける。
『ねえ』
「なんだ」
『抱きしめてもいい?』
「……ハァッ!?お前今なんつった!?」
音がしそうなくらいの勢いで振り返った彼の首にギュッと腕を回した。
そうでもしないと、私の涙が零れそうだった。