第8章 恋仲になりまして
あれから、何度か顔を合わせた。
そのたびに——
「おはようございます」
「……ああ」
驚くほど変わらない。
私への視線も、距離も、声も。
まるで、あの夜がなかったみたいに。
…まただ。
分かっている。
人前だから、仕方ないって。
秘密にしたいって言ったのは、私だし。
…でも……
廊下を歩きながら、無意識に手を握る。
あの日、触れられた場所。
思い出すのは、夜の光秀さん。
意地悪だけど、優しくて、甘い香り。
——どうして、昼はあんなに遠いの…
胸の奥が、じわじわと苦しくなる。
期待してしまう自分が、嫌になる。
「どうした」
不意に声をかけられて、はっとする。
顔を上げると、光秀さんがこちらを見ていた。
いつものように、何かを含んだような笑顔。
「浮かない顔だな」
「……そうですか?」
「隠せているつもりか」
じっと見られて、視線を逸らした。
「別に、なんでもないです」
そう言って、頭を下げる。
そのまま通り過ぎようとした——その時。
「待て」
腕を掴まれて、驚いた。
でも、すぐにはっとして周りを見た。
誰かに見られたら——
「……離してください」
小さく言うと、
「誰もいない」
静かに返される。
確かに、この辺りに人影はない。
「それでも…」
「……」
一瞬、沈黙が落ちる。