第10章 S/F/L@忍足侑士
適当、座っとき。と言われ、はい、と遠慮がちにリビングのソファに浅く腰掛ける。
「飲む?
今日はもう、やめとくか?」
キッチンのカウンター越しに、ん、と彼が手に持って見せた缶のお酒。
「一本だけ、」
「ビール、飲まれへんかったよな」
冷蔵庫を見てからリビングへ来た彼からチューハイの缶を受け取る。
ソファの隣に座ると、今週長かったわ、と苦笑のような笑い方で、ラガーのプルタブを開けた。
洗練されたイメージだった彼が、うっとおしそうにネクタイを緩め、外したメガネと共に、ソファの前のローテーブルに放った。
「紫雨、」
伸びてきた手で頭を引き寄せると、肩に凭れかからせるように抱き寄せられた。
「充電さして」
「ありきたりですね」
「ちぃたぁ浸らせてや」
クールやねぇ、と髪を弄ばれながらチューハイを開けた。
頬に触れようとした左手を捕まえた。
「いつ、外すんですか?」
男らしくもスッキリとした印象の手に、指を絡ませる。
「病院では外す決まりがあるんですか?」
「そういうわけとちゃうけど、あんまし患者はんの前でつけっぱなしなんも、ようないやろ」
「異物混入とか?」
「診察で起こることはほとんどないやろうけどなぁ」
「さすがにわかるか」
「よほど小そぅ欠けん限り、わかるやろ」
擽ったいで、と離された手を目で追う。
「つけ忘れたりしないんですか?」
「もう、習慣化しとるからなぁ」
無いなあ、と握ったり閉じたりする手を見ている彼が、こちらを向く。
「在庫切らしとった言う時はあんで」
「『在庫』?」
うん、と缶を煽る彼。
「...人によって使い分けてる、とか?」
「人?人言うよりは、目的やね。
テニスん時は、バンテージも使うさかい...」
「テニス...?バン、テージ?」
「わかるか?バンテージ」
よう見るんはボクサーがグローブ下に巻いとるやつ、と言った彼。
「あの、その、指の跡って...」
「テーピング灼けがどうしたん?」
待って、と手を翳す。
「えっ、とテーピング灼け...?その、指輪、は?」
「指輪?欲しいん?」
どこのブランドのやつや?と横目にラガーを飲み干した彼に、違う違う!と慌てる。
「あ、あの...奥さん、とか...?」
「嫁はん...?
嫁はんになりたいん?」
空の缶を握りつぶし、大歓迎やで、と笑った。
