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【文スト】触れた指先に【坂口安吾】

第1章 序章




私を乗せた車は私が電車で来た道を戻るようにヨコハマ方面へと向かっていた。

こうして安易に車へ乗ってしまったけれど、彼は一体何なんだろう。

牢というワードから思いつくのは警察だけれど、何となく警察という感じはしない。
それはただ、警察の制服を着ている人があの場にいなかったことや警察手帳を見ていないからというほんの些細な理由なのだけれど。

車での無言はただ無言でいるよりも妙に緊張感がある。
緊張を紛らわすために窓から外を眺めていると眼鏡の男性の方から私に声をかけてきた。


「自己紹介が遅れましたが、坂口安吾と申します。しばらくお付き合いいただくので覚えてもらえればと思います」
「はい……」


私は彼の名前を聞くと心のうちで彼の名前を反芻した。

間違いなく初めて聞く名前だ。
それなのに、なんとなく聞いたこともある気がして心のうちで何度かからの名前を頭の中で唱える。

けれど、やはり何も思いつかなくて別の似た名前の人と会ったことでもあったのだろうかと流すことにした。


「どうかされました?」


そんな私に彼がそう尋ねる。


「あっ、いえ、なんでもないです」


私は首を振るとルームミラーでちらりと彼の顔を伺う。

特に何かを気にしている様子はない。
変な疑いを持たれたりはしていないようだ。

そのことに胸を撫で下ろしながらも外を見ればいつの間にか、私が住んでいる賃貸マンションの近くを通りかかる。

こんな住宅街を通るんだなあ、と思っているとしばらくしてから突然車が止まって。

坂口さんが運転席からこちらを見て「ここで降りてもらっていいですか?」と聞いてくる。


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