第1章 千里の行も足下より始まる
「ひい様」
思案に暮れる愛の耳に、老いて嗄れた声が届いた。
田村軍から嫁行列に随行している、内匠の声だ。
「間もなく、梁川に入ります」
「――そう、ですか」
僅かな沈黙のあと、愛は頷く。
「ここまで、ご苦労でした」
「は。
ありがたき御言葉」
内匠のいらえののち、静寂が戻る。
嫁行列に随行する者たちの足が雪をふむ、ぎしぎしという音だけが、響く。
単調に繰り返される行進の音を聞きながら、愛は瞼を閉じた。
やがて行列は歩みを止め、辺りがにわかにさわがしくなりはじめる。
いよいよだ。
じゃっ、じゃっ、と、ぎょくを鳴らす音が聞こえる。
「水晶のようなる子を以て」
内匠の声が、両家の婚姻を言祝ぐ。
「すっ、末繁盛と祈るこの数珠」
僅かに上擦りを帯びて聞こえた太い声は、伊達家からの迎えの者だろう。
嫁行列に従う者が、田村軍の者から伊達軍の者へと入れ替わる。
「――シャッス!
伊達軍から遣わされた、良直ッス!」
輿の外から、威勢のよい声が聞こえた。
どうやら、先ほど内匠と言葉を交わした者の声のようだ。
「ここからは、俺――じゃねえ、ええと、私が米沢城まで姐さ――御前を、お連れいたします!
ヨロシクお願いします!!」
随分と荒々しい口調に、愛は苦笑する。
伊達軍は荒武者の集まりと聞き及んでいたが、あながち、全くの風評というわけではないらしい。