第1章 千里の行も足下より始まる
瞼を閉じて、愛は額取山に、背を向ける。
きょうはこれから、祝言で行われる御色直し用の衣装を仕立てるための反物を、選ばなければならない。
昼四(午前10時ごろ)には、城下の呉服問屋が、山ほどの反物を抱えて、城に上がる予定だ。それまでに姫らしく身なりを調え、対屋で待機していなければならない。
早めに支度を調えなければ、北姫が気を揉むだろう。
愛が田村軍の副将を辞し、嫁入すると聞いて、北姫はいたく喜んだ。
北姫は以前から、愛が田村月斎に師事して兵法と武芸を学び、田村軍の副将として戦働きすることに、反発していた。
女の身で、男にまざって戦働きをするなど、はれんちきわまりない。愛は何度、北姫にそうたしなめられたか知れない。
もっとも、愛の輿入れ先が、北姫の生家である相馬家の仇敵たる伊達家の家督という事実だけは、北姫も気に入らないようだが……
北姫は、娘の嫁行列を、奥州一の絢爛な嫁行列にするのだと意気込んでいる。
嫁行列は、家同士の結び付きを諸勢力に誇示する、またとない機会だ。
愛の嫁行列を奥州一の絢爛な嫁行列にしたいという北姫の意気込みは、無意味な道楽というわけではない。
だが、この婚姻は、田村軍が伊達軍に服属する意志の証明だ。
従属の証に行われる嫁行列など、幾ら絢爛に飾り立てたところで、空しく感じられる。
(そう感じるのは、……薄情、でしょうか)