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月に叢雲、花に風

第1章 千里の行も足下より始まる


 田村軍の副将を辞し、田村家の嫡子の身分を返上して伊達家に嫁ぐよう清顕に命じられたときは驚いたが、よくよく考えてみれば、清顕の判断は正しい。

 田村軍の副将を務められる人間は、愛のほかにもいる。
 軍師である月斎を副将に迎えてもよいし、大老の梅雪を副将に据えてもよい。
 新しい副将は、田村軍に名を連ねる優秀な将から選べばいい。

 だが、清顕の実子は、愛しかいない。
 清顕が、田村軍が伊達軍に献上出来る女は、愛しかいないのだ。
 ならば、田村家の嫡子として、田村軍の副将として、愛がすべきことは明白だった。

 田村軍の副将を辞し、田村家の嫡子の身分を返上して、田村家の一の姫として、田村軍が伊達軍に臣従する恭順の証として、伊達政宗に嫁ぐ。
 それが、愛が田村軍の副将として、田村家の嫡子として田村のためにとれる最善の選択だ。

 輿入れは、冬の、善き日取りを選んで行われることになった。
 輿入れの季節に冬を選んだのは、愛の我儘だ。

 奥州の冬は長く、厳しく、ひとびとは飢えと寒さに苦しむ季節だが、同時に、雪と氷に閉ざされた天譴が、その堅牢さを増す季節でもある。
 それまでは田村軍に留まり、三春の防衛に努めたいという愛の申し出を、伊達軍は容れてくれた。

 冬までは。
 冬、までは。
 愛は田村軍の、副将でいられる。
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