第1章 千里の行も足下より始まる
機嫌よく喉を鳴らす政宗に、小十郎が嘆息する。
言い出したら聞かないのは政宗の常だ。
妻に戦働きを命じるなど、また家中が荒れる。
格式にうるさい普代の臣は、確実に慨嘆するだろう。
彼らの諫言に、政宗が「嫁にはとっただろ」と人を食ったような言葉を返す姿まで、小十郎には鮮やかに予測出来た。
「あなたというひとは………」
「小言は止しな。
晴れの席だと言ったのは、お前だぜ」
「………わきまえております」
小十郎が再び嘆息したとき、侍上臈が声を上げた。
「愛姫、お戻りでございます」
色打掛に身を包んだ愛が、しずしずと室内に戻り、政宗の右隣に着席した。
色打掛は、若葉色の布に桜の花柄の刺繍されていて、豪奢でありながら、品がよい。
桜は春を告げる女神・佐保神の座(クラ)だと言われている、縁起のいい花だ。
加えて、三春には樹齢五百年を越えるという桜の大木、滝桜がある。
三春を本拠とする田村家の姫の婚礼装束としては、これ以上ないほどふさわしい一着だろう。
愛の父母が、どのような想いでこの柄を選んだのかを知る術は、小十郎にはない。
ただたしかなのは、愛は輿入れ先である伊達家で、再び剣をとることを選んだ、ということだ。