第1章 千里の行も足下より始まる
「そんなモンで、オレと斬り結ぶ気か」
「あいにく、黒漆太刀は田村家に返上して参りましたゆえ」
沈黙が落ちる。
誰かが動けば決着が着く―――
緊迫は、しかし、政宗が構えを解いたことでほどかれた。
「―――上出来だ」
薄い唇から放たれたひとことに、愛は眉をひそめる。
「は?」
「田村………愛だったな」
政宗が、鋒を愛に突き付ける。
だが、敵意はない。
「オレの下に着きな」
「………はい?」
「お前の度胸と機転、奥に押し込めておくには惜しい。
禄は………そうだな。年五百両。
知行地はやれねえが、二千石取の待遇だ」
滔々と告げられた言葉に、愛は呆然と閉口する。
年五百両―――二千石取。事実上、四千石の知行地を加増されたも同じだ。
ひとりの人間が毎日米を食べたと仮定して一年に消費する米の量が一石だから、年五百両の禄を賜るということは、四千人規模の国を任されたに等しい。
「オレと来な、愛」
政宗の隻眼が、正面から愛を捉える。
愛は答えられないまま、立ち尽くしていた。