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月に叢雲、花に風

第1章 千里の行も足下より始まる


「伊達軍筆頭・伊達政宗様、御成りにございます」

 侍上臈のひとことに、元々静かだった室内は、更に、水を打ったように静まり返った。
 緊迫にも似た緊張感が、室内に落ちる。
 静寂に、愛は素直に感心した。

(政宗様は、家中を能く掌握しておられるのですね……)

 御成りになると宣られただけで、ここまで場の空気をひきしめるとは。

(政宗様―――独眼竜・伊達政宗。
 荒武者揃いの伊達軍を見事に束ねる傑物と聞いていますが………どのような御方なのでしょう)

 愛の胸にかすかな興味が萌した時、室内の空気が、ひときわにはり詰めた。
 裸足が床を、畳を歩く音が、静寂に響く。

「―――顔を上げな」

 低い声だった。
 僅かに焼けているような、低い声だ。
 その声に命じられるがまま、愛は顔を上げる。
 礼を失さないよう、視線は畳に向けたままだ。

「御初に御目文字仕ります。
 田村軍総大将・田村清顕が一の姫、愛にございます」

 いらえはない。

 刹那、愛は咄嗟に身をひるがえした。
 ほぼ同時に刀身が鞘走る音が鳴り、先ほどまで愛が座していた席に白刃が閃く。
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