第1章 眠り姫
「日光、見て。これ、桜じゃない?」
「…冬桜か。秋冬に咲く桜もあると聞いたが…運が良かったな」
主の視線の先には冬桜がほぼ満開で咲いていて、風に撫でられて淡い桃色の花弁がひらひらと舞っている。
「この冬桜は春にも花を咲かせる、二度咲きの桜だ」
「わぁ、春になったらまた会いに来ないと!」
「……春になったら、また一緒にここに来るか?」
満開の冬桜を見ながら主の隣に来ると、さりげなく話をもちかける。
その声で、主は日光の方へ顔を向けた。
「……いいの?」
「主とならば、季節など問わないがな」
「本当?」
「ああ、無論だ」
桜の花を見ながら、主と共に過ごせるのなら季節など関係ないと思った。
「嬉しい…!」
「…………!」
キュッと腕を掴んでくっついてくる主。
ドキッとした。
彼女の満面の笑みは、初めて見たから。
一緒に葡萄酒を飲んでいた時とは違う、こんなにも愛らしい笑顔を主は今まで隠していたのかと驚いてしまった。
このまま時が止まってしまえばいいのに、と願わずにはいられない一瞬だった気がする。
「現世の恋人達は、どういう逢引きをするんだ?」
「そうだなぁ…。こうやって2人でお出かけするのも定番かな。
あ、全員がそうとは言わないけど、そういう関係の人達は手を繋いでいたり腕を組んでいたりすることが多いよ」
「……ほう?手を繋ぐ、のか…」
手を繋ぐという言葉を聞き、日光は自分の手を見つめた。
主は日光に近寄り、手を繋ぐのはこう、腕を組むのはこうだとやってみせた。
実際に触れてきた主の手は指が白くて細長く、少し冷たい。
「日光の素手、初めて触れたかも」
「ああ、普段は手袋をしているからな。主の手は、だいぶ冷えているようだが…」
「私、冷え性なの。…すごく冷たかったら、ごめんなさい」
日光は主の手に触れ、キュッと繋いだ。
大きくてしっかりとした掌は、絶妙な力加減で主の手を握ってくる。