第1章 眠り姫
「日光、どうしたの?何かあったら話くらい聞くけど」
本人の前で何を考えているのか。
主の髪を拭きながら考え事をしていたら、主は袖から手を離していた。
「……ああ、何でもない」
自分も言葉にして想いを伝えられたらいいのに、いつものように臣下と主人の関係という壁にぶち当たっている。
想いを伝えられない状態と葛藤している今は、主の傍らにいられる時間を大切にするしかない。
今はこれでいいと自分言い聞かせてはいるが、日に日に主への想いも強くなる自覚もある。
「主は、酒はいける口か?」
「うん。毎日ではないけれど、嗜む程度なら」
現代でも量こそ多くはないが、飲酒はしていたと話した。
この本丸でも少しなら飲んでいる、と。
「葡萄酒が飲み頃なのでな」
「本当?」
「ああ」
「わぁ、もうすぐ飲めるんだね。楽しみ!」
あのグラスを使って、日光お手製の葡萄酒を飲む。
ここ最近で最高の楽しみだ。
いつ飲もうとか、日光が酒の席に付き合ってくれるといいなと思っている。
「日光もお酒飲めるの?」
「無論だ」
日光は主に山鳥毛や他の刀達と晩酌をしているようで、その姿を度々見かける。
飲んでも潰れないのは、加減して飲んでいるのか酒に強いのかのどちらかだ。
「いつ飲みたいか希望はあるか」
「そうだな、えーと…。明後日が中秋の名月で珍しく満月だから、月見酒…なんてどう?」
「明後日か、分かった」
月見酒なんて洒落た言い方をしてみたが、日光が希望を飲んでくれて良かった。
次の満月の夜が晴れていたら、その日に1人で晩酌をしようと密かに予定していたから。
「すごく楽しみよ」
日光とお酒を飲むこと自体も初めてだからか、楽しみと妙な緊張が渦巻く。
飲酒などしなくても中秋の名月は絶対に見たくて、明後日の天気を気にしている。