第1章 眠り姫
「………はっくしゅんっ!誰か噂してるのかな…」
真剣な話を打ち消すかのように大きなくしゃみが聞こえ、視線を向ければ主が近くを歩いている。
「ふっ」
「主か」
日光と山姥切国広が話しているのを見付けて、主がこちらに寄ってきた。
「2人して何を話してるの?」
「何でもないただの雑談さ」
「日光。その顔の怪我、大丈夫?」
「ああ、すぐに治る。心配は無用だ」
薬研も傷は浅いと言っていた。
これくらいなら放っておいても自然に傷口は塞がるし、主の手を煩わせる必要もない。
「早く治るといいね」
その横で、山姥切国広は苦笑いをしていた。
日光の頬に傷を付けた張本人が、自分だとは言う訳もなく。
「でも、無理は駄目だからね」
「主も人の事、言えないだろ」
その言葉に主はむぅ、と頬を膨らませて膨れっ面になってみせるが、
山姥切国広に両頬をつままれてぶっと口から息が吹き出る。
主の有り様にくすくす笑う山姥切国広。
修行が明けて帰ってきてからは話もしてくれるようになり、表情も豊かになった。
「むー…。まんば、からかうのはやめて」
「ふっ。まぁ、何かあればいつでも頼ってくれ」
「………」
山姥切国広は主の頭を撫でたあと、自分の持ち場へと戻っていく。
あんな風に気兼ねなく主に触れられるようになるには、どれほどの年月を費やせばいいのか。
…と考えを巡らせて、山姥切国広が主と築いてきた信頼関係にはまだまだ及ばないなと痛感した。