第1章 眠り姫
「その葡萄は日光にあげるね。
そのまま洗って食べるなり、葡萄酒の材料にするなり好きに使って構わないから」
「…しかし、これは主のものでは」
主は葡萄ならまだ沢山あるから、と笑っている。
途中、主は鼻歌を歌いながら光忠にも分けるために籠に入った葡萄を厨房へと運んでいった。
「………俺は、何を期待していたんだろうな…」
苦笑いをしながら、収穫の続きを淡々とこなす。
丁寧に並べられた葡萄の房を見ては、主の顔を思い出す。
彼女…主が懸命に育てた葡萄の房から1粒を取り、口に入れる。
芳醇な香りと絶妙な酸味、そして甘みも申し分ない理想的な葡萄になっている。
しかし、光忠に葡萄を届けるだけなのに、なぜこんなに時間がかかっているのか。
奴と仲睦まじく話をしているのか、と思うと妬けてくる。
様子を見に行こうとハサミを置いたら、ぱたぱたと足音が聞こえてきた。
「お待たせ、日光。休憩しましょ」
厨房の時計を見たら、昼前だったと苦笑している。
主が持っているお盆には、おしぼりと先程収穫したばかりの葡萄が2房ほど乗っていて。
「…それを用意していたから、戻って来るのに時間がかかっていたのか」
「そうだけど、何かあった?」
「………いや、なんでもない」
収穫したばかりの葡萄を食べられるとは。
これは収穫を手伝った者の特権だな、と思った。
「…いいのか?」
「もちろん。手伝ってもらったお礼よ」