第1章 ひとたび風が吹けば
「あ、ありがとうございます…」
「なに、例には及ばない。暫くは家で安静にすることだな」
そう口にすれば彼女の表情が曇った。気に触ることでも言ったのだろうか。
「どうした」
「い、いえ、初対面の人に言うのも気が引けてしまうので大丈夫です」
「そうか」
「…あの、私のこの足、気にならないんですか」
髪は短く、色も自身の髪に近い。見た目が男らしく、瓜二つと言っても過言では無いだろう。そんな彼女から問いを投げかけられ、即答とまではいかずとも自分の思惑を淡々と告げた。
「気にはなっている」
「やっぱりそうですよね、あはは…」
なにか話題をくれと言っているような目に笑みを返してやれば、そっぽを向くように目が逸らされた。そんなとき
「…来たか」
「えっ」
「遅くなりました。仰せつかった通り、現在堺で起きていることの調査を…おや、その方は」
家臣の九兵衛が彼女へ目を向ける。今の彼女はほぼ裸体を晒しているようなもの。それに気づいたのか、意識を逸らすように顔を下へと背く。
「先程呻く声が聞こえたのでな」
「なるほど。それでどうされるおつもりで」
「さて、まだ決まっていないが」
「えっと…」
今は軽傷とはいえ傷ついた彼女を安全な所へ運ぶ方が先だろう。
「お前、名は」
「あ、ないです」
「だそうだ」
「なるほど」
妙な会話に笑みがこぼれ、彼女におこっているような目で見られてしまう。
「九兵衛。宿の手配を」
「御意」
臣下である九兵衛が街へ宿の手配をしに行くのを見届け、今度はしっかりと彼女の淡い菫色の瞳を見つめる。
「名はないんだったな?」
「ないですね」
「名がないのは不便だ。俺が名付けてやろう」
しらけた顔の彼女は瞬きを数回したあと疑わしいという目付きで言葉を返してきた。
「まともな名前でお願いします」
「あぁ。お前の名は…そうだな、七瀬、七瀬だ」
「意外とまともなんですね、私みたいな人魚を助けるおかしな人のくせに」
「酷い言われようだ。泣いてしまうぞ」
「す、すみません!」