第1章 ひとたび風が吹けば
「あっ、沈んじゃ──」
「手を取れ」
「あっ、わわっ!」
水に濡れた手が自身の手を掴むと同時にこちら側へ引き上げれば、その全身があらわになり、その姿をみた自身の目に疑いが滲む。
「…ふむ、幻覚とはこういうものなのか」
「幻覚扱いしないでくださいっ」
腰から下は綺麗な鱗が鮮やかに彩った魚の鰭。上半身は胸元を隠す布のみ。これを幻覚と言わずしてなんと呼ぶか。
「っ…いたた」
漏らされた痛みを感じる声にそっと視線を下に向けると、綺麗な尾鰭に魚を捕えるための網が噛み付いており、血が滲んでいる。
「まさか船に近づいたのか」
「捕らえられてしまうとは思いもよりませんでした…」
「漁師はよく働いているようだな」
「そこですか」
痛がっている姿は魚ではなく半分魚という異様な形をした人間と言うべきか。見ているだけで良心が痛む(気がする)
「じっとしていろ。今、取ってやる」
「危ないですし自分で取ります。もし引っかかって怪我でもしたら───」
「心配には及ばない。それに一人でやるより効率的だと思わないか」
気にかける声を遮るように言葉を連ねると文句でも言いたげな顔をしたあと、お願いしますと素直に頭を下げた。
足と言うべきなのかわからないそれに触れると、つるつるとして固い印象を覚えた。固い鉄のような素材でできたそれは鱗を裂きながら深く傷を作っており痛々しい。
「小刀で切った方が早そうだ。引っ張られて痛ければ言え」
「は、はい…」
人1人分は覆い込める大きさのそれを少しずつ切っていく。深くまで刺さっているせいか刃の入り込める隙間が少なく、取れてきてはいるものの、下手に刃を入れこもうとすると鱗まで切ってしまいかねない。裂かれた鱗がの指の皮を裂いていくのを感じながら声をかけた。
「もう少しで取れるはずだ。あまり動くと網が動いて刃の通り道が無くなる。」
「す、すみません…」
あともう少し。これを取らなければこの娘はこの海岸で暮らす他なくなるだろう。信長様の治める国でひとりでも苦しむ者を解放できるなら己の傷など安いもの。これまでもそう生きてきたのだから辛くは無い。
「これが最後だ」
「あの、指大丈夫ですか?」
「あとで手当はしておく。大丈夫だ」
最後の網目を切った時、手で隠れていた鱗が指を切り裂く。血が溢れ出すのを傍目に取れてしまった鱗を拾い上げ、彼女へ渡した
