第1章 ひとたび風が吹けば
光秀御殿、湯殿にて
湯殿の前で、心ゆくまでお体を綺麗になさってください、となんの説明もなく置き去りにされた七瀬は、体の芯から温まるという言葉通りに湯殿でひとり、すっかり温まった後、用意されていた襦袢と着物を着付け、湯殿の前で大人しく待っていた。
しばらくまっていると、ぱたぱたと遠くから聞こえる足音に七瀬は顔を上げると、小柄な女の人が急いでかけてくるではないか。危うい足取りでこちらへ向かってくるその人に声をかけた。
「あの、私ここから動けないんですけどどうしたら…」
「すみません!さっき光秀さんに言われてお手伝いに来たんですけど、もう湯浴み終わっちゃいましたか?」
「えっと…」
「あ、そうですよね、いきなりこんなこと言われても戸惑っちゃいますよね。私舞っていいます。お城で針子をさせてもらってて…じゃなくて、その、私のお世話係になってくれる人が人魚だって言うので、その…」
いきなり現れて突然始まった自己紹介に理解が及ばない七瀬。そんな七瀬を傍目に舞はにっこりとした笑顔で事情を説明する。
「それで、その、興味が湧いちゃって…」
「ちょ、ちょっと待ってください。あなたが私の湯浴みを手伝ってくださるはずだったんですか?」
「そうだったんですけど…すみません、遅れてしまって」
しょんぼりと萎れた花のように俯く舞に母性本能を擽られ、七瀬は顔をのぞき込むようにして話しかけた。
「いきなり押しかけたのはこちらなので大丈夫ですよ。思って貰えるだけでも嬉しいです」