第8章 ※ 誰を愛していたとしても…。
「杏寿郎様…」
ここは旅館の一室だ。
昼過ぎに会う約束をしていた杏寿郎と大河内美也子は、街をそぞろ歩きした後で旅館に入った。
京橋の賑やかな通りから一歩裏通りに入った場所に、数軒の旅館がある。
部屋を借りるのは二度目である。
襖を閉めると、午後の街の騒めきが遠くに聞こえている。ここは静かだ。二人で過ごすには都合が良かった。
「少し暑いが、君は大丈夫? 」
脱いだ羽織を衣紋掛けにかけると、はにかんでいる美也子に尋ねた。
「ええ…。杏寿郎様…」
二人きりになると美也子は頬を赤らめた。人目を忍んで旅館で過ごすのは二度目になる。早く杏寿郎に会いたかったけれど、いざ二人になると胸のときめきが抑えられなかった。
窓辺に寄り、障子を閉めて部屋が見えないようにした。
「窓は開けておかないか?風が通るよ」
美也子の後ろから近づいた杏寿郎が、障子に手をかけた。
「…はい」
美也子の背中に感じる杏寿郎の大きな身体。美也子はごくり、と喉が鳴りそうになった。
「…杏寿郎様…」
「美耶ちゃん、座って」
「あっ、杏寿郎様、美也子が致します」
布団を用意し始めた杏寿郎の元に走り寄る。急いで布団を敷き、杏寿郎にさせないようにした。
女子たるもの、男性にこのような事をさせては、お母様に叱られてしまう。
…もっとも、杏寿郎様と肉体関係になっている事は内緒だった。
「…できました。杏寿郎様、お疲れになったでしょう。早く横になってください」
枕を置いて、杏寿郎に寝るよう促すと、杏寿郎は頷いた。
「君も一緒に」
「杏寿郎様、美也子はそんなつもりは…」
「枕が二つ、並んでるぞ。美耶ちゃん」
杏寿郎に引き寄せられた美也子の身体は、息をつく間もなく布団に寝かされていた。
「美耶ちゃん、君は良いのか?この前も聞いたが、後悔しないのか」
至近距離で杏寿郎に見つめられると、それだけで美也子の身体は溶けてしまいそうになった。
「…杏寿郎様のものになれるのなら…美也子は後悔など…」
杏寿郎の唇に、唇をぶつけるようにして口付けた。
急に美也子は大人になった。唇を合わせながら杏寿郎はそう感じている。
先日から急にだ。杏寿郎を求めてくるようになった。
美也子の着物の裾を捲り、肌を露出させながらも、少し不思議だった。