第7章 ※ 鬱金香のピンクは愛の芽生え
今朝も早い時間から、兄はひなたさんを連れて鍛錬に出て行った。初めの数日は千寿郎も一緒に行ったけれど、今日はついて行かずに鱗滝さんの家に留まった。
本当は二人と一緒に山を走っていたいし、ひなたを守りたい。でも、今日は頑張っている兄とひなたに何かしてあげたくて、鱗滝さんをお手伝いする事にした。
食事のお世話をしてくれる鱗滝さんは毎日、昼頃になると昼食を届けてくれる。特に場所を伝えていないのに、お昼になると鱗滝さんは必ず弁当を携えて現れた。
千寿郎はそれがとっても不思議だったし、素朴なその中身の美味しさもさることながら、鱗滝さんの優しい心遣いが嬉しくて、今朝は何かお手伝いができるのではと思ったからだった。
「今朝は、一緒に行かなかったのか? 」
台所に立ち、竈で炊き上げた飯をしゃもじで混ぜる手を、千寿郎は眺めた。
「はい。今朝は手伝わせて下さい」
湯気の立つ米を大きく掬い上げ、お握りを握っている鱗滝さんの隣で、千寿郎も昆布の佃煮を入れたお握りを作った。
「千寿郎」
「はい」
千寿郎は鱗滝を見上げる。赤いお面姿は見慣れてきたものの、渋い声と相まって本当に天狗に見えてしまう。
「お前も最終選別を受けるのか? 」
千寿郎はぎゅっと手を握る。
「私も、兄上のような柱となりたいです。今、兄上だけが背負っているものは、私も兄上の補佐として共に負うべきものです。…ですが…」
千寿郎はお握りを握ろうとして、手を止める。
「いくら頑張っても、私は足りないのです。兄上は私に、稽古をつけてくれます。私を信じてくれています。…それなのに、私はまだ兄の継子になれないのです」
千寿郎の中で、密かに胸にしまっている苦悩が、鱗滝の前でポロリとこぼれた。
誰にも言わずに、頑張ってきたこと…。今回の合宿で、自分もひなたと一緒に鍛錬に励みたかった。頑張るひなたを応援もしたい。
色々な想い…千寿郎の中にもある。