第1章 吉兆を告げる白梅
杏寿郎は、座卓の上の漆器に盛られている蜜柑を一つ取り皮を剥いた。柑橘の爽やかな香り。みずみずしい実はぷりっとしている。
杏寿郎の手元を眺めている千寿郎の口元に持っていく。
「ほら、千寿郎。食べてごらん」
杏寿郎の指から、パクリと蜜柑を食べた千寿郎は、杏寿郎の腕の中で足をパタパタさせた。
「あにうえ、おいしいしゅ」
杏寿郎はクスッと笑った。弟の言葉使いにはつい、笑ってしまう。
「美味しいね、千寿郎。ほら」
また一房を弟の小さな口に入れてあげると、千寿郎はもぐもぐ食べてごくん、と飲んだ。
火鉢の熱でほんわかと温められた居間は、じっと座っていると心地良くて眠たくなってくる。
杏寿郎は、膝に千寿郎を抱いたまま、うとうととし始めた。千寿郎も、兄の温もりを感じて口元が綻ぶ。兄の着ている着物の胸元は清潔な肌触りがして、頬を埋めると瞼が自然に閉じてゆく。
「千は良い子だね。お眠り」
弟の身体を支えて抱き直す。眠り始めて力の抜けた千寿郎の身体は、杏寿郎には少し重たく感じたけれど、弟を離したくなくてぎゅっと抱き直す。
夕方6時を過ぎる頃、兄弟はいつのまにか眠ってしまった。