第32章 歪んだ愛で抱かれる 中編
「ああ…縄の跡が少し赤くなっちゃったね…。色々謝らなきゃならないけど、先に伝えることがあるんだ」
「……」
「泰俊様は生きてるよ」
「…!!…」
はっとした名無しの目に光が戻る。
「三成様の勝利は事実。だけど泰俊様は殺されていない。取ったという首は他人のものだ」
「……本当に…?」
蘭丸は力強く頷く。
「俺はあの時、名無し様の手紙を織田軍に届けても間に合わないと思って、側室の利与様のお父様に届けた。実は前から面識があったんだよね」
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大名である利与の父は、愛娘が心底惚れこんでいる婿・泰俊の謀反の知らせに深く動揺し、信じられずにいた。
助けたいが潔白だとも判断できなくて動けずにいたところ、名無しの手紙で泰俊が嵌められたことを知り、秘密裏に援軍を送った。
敗戦は免れなかったが、負傷した泰俊をこっそり救出して人知れぬ場所に隠しており、騒動後に真っ先に川名家から実家へと戻されていた利与が看病している。
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蘭丸の話を聞きながら、名無しの目にみるみる涙が浮かんでいく。
「利与様から正室の名無し様が良くしてくれるって聞いていたんだって。だから、すぐに手紙を信じて動いてくれたよ」
「……良かった……」
名無しはポロポロと涙を流し続ける。
心からの安堵がじんわり胸に広がっていった
「名無し様、ごめんね!本当にごめん!手を縛ったりして、さらうみたいに連れて来ちゃって。俺が…怖い?…」
「ううん」
すぐに首を横に振った名無しに、蘭丸の顔にいつも通りのキラキラした笑顔が戻る。
「本当にありがとう!泰俊様を助けてくれて。蘭丸くんにはお礼の言葉も見つからないよ」
「前に言ったでしょ、名無し様の力になりたいって。良かったよ!」
心底嬉しそうにそう言ってから、再び蘭丸の顔から笑顔がすっと消える。
「まだ謝ることがあるんだ。俺は…名無し様を騙してた」
「え?」
「名無し様だけじゃなくて、安土城の皆を騙してたんだよ」