第32章 歪んだ愛で抱かれる 中編
「こんなことしてごめんだけど、お願いだから落ち着いて!」
蘭丸が名無しの肩を掴んで必死に宥めようとしていたとき、
「名無し様っ!!」
(この声…!!)
紛うことない大好きな人の声。
名無しが振り向くと、先ほど抜けてきた洞窟の暗がりに三成の姿があった。
二人の視線がぶつかり合う。
次の瞬間、蘭丸は懐から何かを取り出して投げつけた。
名無しの目では全く追えなかったが、それは黒く光るクナイ。
一度に5本も放たれたそれは空中で分散していき、洞窟の真横にあった大木の幹に勢いよく突き刺さった。
間隔をあけて深く打ち込まれた5本のクナイは、元々腐って脆くなっていた幹の組織を破壊し、大木はメキメキいいながら傾いていく。
やがて周囲の木の枝も巻き込みながら大きな音を立てて倒れ、三成が脱出する前に洞窟の出口は完全に塞がれてしまった。
「!!」
(今の…蘭丸くんがやったの…?何でこんなことができるの…?)
信じられない光景に茫然自失の名無しを、
「失礼します!」
蘭丸は肩に担ぎ上げる。
「とりあえず安全な場所に連れていくからね」
そのまま駆け出していった。
茫然としたまま運ばれていきながら、
名無しの脳裏には紫水晶のような三成の瞳が浮かんでいた
先ほど一瞬見ただけで目に焼きつき、ずっとずっと離れない。
(あなたの目は…なぜあんなにも澄んでいて綺麗なの…?泰俊様の首を取るなんて、惨いことをしたのに……)
意識の中で彼の瞳は大きな紫色の湖になって広がり、名無しはその澄み切った水に溺れ、静かに苦しみながら沈んでいくような気がした。
蘭丸が名無しを連れていったのは、深い森の中に隠れるようして建つ一軒の家屋だった。
肩から下ろしても、もう暴れることはない。
蘭丸は放心状態の彼女の手から、縛っている縄をほどいた。