第32章 歪んだ愛で抱かれる 中編
隠し通路はそのまま洞窟へとつながっていて、抜けるとそこは城の外。
鬱蒼とした雑木林に出てもまだ走り続けていたが足はもう限界で、いつしか名無しは倒れこんだ。
「はあっ…!はあっ…!」
息が苦しく、締めつけられているように頭が痛い。
心臓が壊れそうなほど強い鼓動を刻んでいる。
(……何もかも‥終わりに…)
体を起こして懐から取り出したのは、以前に信長からもらった懐剣。
鞘を抜いて逆手に持つ。
目を閉じると脳裏に浮かんでくる
輿入れの日のどこまでも続く白い景色と、
『政略とはいえ結ばれた縁を幸運に思う。一生添い遂げよう』という泰俊の言葉
そして‥
自分を見つめる紫水晶のような三成の美しい瞳
両手に力をこめ、懐剣を腹部めがけて突き立てようとしたとき、
「名無し様!」
誰かに腕を掴まれ阻止される。
はっと目を開けると、それは蘭丸だった。
「そんなのダメだよ!」
「お願い!死なせて!」
かよわい細腕ながら死に物ぐるいで抵抗する名無し。
絶対に怪我をさせないよう注意を払いながら自害を止めるのに、蘭丸はかなり手こずった。
やがて名無しが懐剣を取り上げられ、反動で倒れ込むと、
「名無し様っ!許して!」
どこから取り出したのか、蘭丸が手にした縄で両手を縛られてしまう。
「いやっ!離して!!」
縛られた両手を懐剣へ伸ばそうと、名無しは必死にもがく。