第32章 歪んだ愛で抱かれる 中編
その夜、泰俊は名無しを抱こうとした。
「…申し訳ありません。疲れていて…」
そう断ると、
「ああ、そうだったな。すまない。今夜はゆっくり休んでくれ。それでは、こうして抱きしめて眠ってもいいか?」
からりと明るく笑って、広げた両腕に名無しを閉じこめ褥に横になった。
(嫌……)
側室に会うのを声を荒げて拒否した名無しへの、ご機嫌取りのつもりなのかもしれない。
以前は感じていなかった嫌悪感がゾワゾワとこみ上げる。
それは側室のせいなのか。
いや
きっとそうではなくて、三成と過ごした甘美な一夜で愛を知った自分が変わったから…。
やがて気持ちよさそうな寝息を立て始めた泰俊のずっしり重たい腕を、名無しは起こさないようそっと持ち上げて自分の体からほどいていく。
(側室の方へ行けばいいのに…)
そんな風に思いながら。
見知らぬ場所へ来たばかりで、唯一頼れる泰俊に放っておかれ、今ごろ彼女はどんな気持ちでいるのだろうか。
夫の自覚なき残酷さに複雑な思いを抱く。
だけど彼なりに名無しに気を遣っての行動だろう。
悪気はなく、心根は優しい人だとわかるから憎めない。
それに何より自分にも罪がある。
名無しは褥を出て部屋の隅に座り、目を閉じて両手で耳もふさいだ。
夫の姿も寝息も遮ってから、大好きな人を思い浮かべ甘い感傷に浸っていく。
そうして長い夜を過ごした。
翌日も側から離れない泰俊に、名無しは思い切って側室の元へ行くよう促してみた。
「その方は見知らぬ場所へ輿入れしてきて、今はきっと不安な気持ちでいっぱいかと思います。頼れるのは泰俊様だけ…」
名無しがそう言ってくれるのなら、と泰俊は拍子抜けするほど素直に頷く。
「本当に良くできた妻で、俺は果報者だ」
焼けた肌に映える白い歯を見せた笑顔がこぼれた。
嬉々として去っていく大きな背中に、名無しはため息をつく。
やがて、名無しの心を明るくする知らせが届いた。
三成が言っていた侍女、以前に公家に仕えていた者が川名家での奉公を了承してくれたという。
川名家も意外とすんなり新しい侍女の受け入れを認め、とんとん拍子に準備が進んで、数日後には迎えに行った家臣の嶺原に伴われて城に到着した。