第32章 歪んだ愛で抱かれる 中編
「本当にありがとう、蘭丸くん。任務から帰ったばかりで疲れてたのにごめんね」
無事に川名家に着いた名無しは心をこめてお礼を言った。
「ぜーんぜん。名無し様とたくさんお話できて楽しかったよ」
何も聞かずに明るく接してくれた蘭丸。
天真爛漫なようで実は気遣いにあふれている。
そんな彼がいてくれたことで随分心が救われたと思う。
「何かお礼をしたいけど…」
川名家では自由に振る舞える立場ではなく、何か欲しいものがあっても手に入れることはできない。
「そんなのいいってばー。気にしないで。じゃ、名残惜しいけど、お元気で」
「蘭丸くんも」
(現代だったら絶対にアイドルだな)
そう感じさせるキラキラの笑顔を見せてから、蘭丸は踵を返した。
「…あ……あの…」
名無しは躊躇いながら彼を呼び止める。
「なあに?」
「……」
呼び止めといて、やっぱり言うべきかどうかと迷い少し沈黙が降りたが、やがて名無しは意を決して口を開いた。
「…三成くんに伝えてくれる?ありがとう、それから…ごめんなさいって」
「三成様に?」
笑顔の合間、ふとした瞬間に曇る今日の名無しの表情。
理由は聞けないけれど蘭丸はそれがずっと気になっていた。
そして、今の言葉を口にするのを随分と悩んでいたような様子。
三成と何があったのだろうか。
蘭丸の瞳に一瞬だけ怪訝そうな色が浮かぶが、
「いいよ、言っとくね」
すぐにいつもの笑顔に戻った。
「ありがとう…」
「名無し様、人の心って複雑だよね。表には見えなくても奥の奥で何かを抱えてたり、時には相反する2つの思いで引き裂かれそうになってたり…」
「…」
内面を見抜かれたかのような言葉にはっと驚いて、名無しは蘭丸を見つめる。
その顔に浮かんでいたのはいつものキラキラした笑顔ではなく、憂いを帯びた表情だった。
「そんな心を隠して笑顔でいるのなら、その人は強い人。俺はその強さを尊重しながら守りたいって思うんだ」
(蘭丸くんは…思っていたよりずっと大人なのかもしれない)
天性の明るさで自然と皆に愛される年下の男の子
そんな印象が変わっていく。
「つまり、俺は名無し様の力になりたいってこと。それじゃ、またね」
「うん…!」