第30章 五色の夜 春日山城編5 【信玄】
彼と父親との確執は深まっていく。
城主は略奪のための戦をひたすら繰り返した。
人々は疲弊し、さらに周囲の大名たちとの対立から甲斐への物流は断たれ、国は貧しく荒廃していく。
とうとうハルは父親を追放して、国を立て直そうと尽力した。
ところが、飢饉、災害、疫病…
困難ばかりが次々と押し寄せる。
父親を追放してもなお、身内や家臣と対立することもあり、ハルは理想と現実の間で何度も傷つき悩む。
ときには信念に合わない選択を余儀なくされて、後悔や絶望の日々。
そうして大人になっていった彼の姿は……
………………
あれ、まだ暗い…
雨はやんでいる。
私、浮いてる…
そこまで認識したときに、また一気に重力が戻って私は落ちた。
とっさに誰かの腕に受け止められる。
「ハル!……信玄さま」
「ああ。俺だ、ハルだ。晴信。やはり戻ってきてくれたな」
私を下ろして無邪気に笑った信玄さまの笑顔には、面影がある。
どうして気がつかなかったんだろう。
ハルが大人になった姿、それは信玄さま。
「ハルは、私を助けてくれたんです!突然あらわれて、言ってることも怪しい私を、父親に怒られても助けてくれたんです!それから目を輝かせて孫子の教えや、甲斐を豊かな国にしたいって話してくれた」
「ああ、そうだったな」
とり乱して一方的に喋る私に、優しく相槌を打ちながら聞いてくれる信玄さま。
「ワームホールが発生して飲み込まれたとき、ハルが信念を貫けますように、って願ったんです。だけどそれは本当に辛い道で、たくさんの困難があって、ハルは傷ついて、悩んで苦しんで」
脳が興奮状態なのか、私はもう止まらなくなっていた。
「それなのに、信玄さまはいつも皆に優しくて、未来から来たとか言って怪しい私にも最初から優しく接してくれて…」
目には涙が浮かび、ボロボロとこぼれていく。
感情が溢れすぎて、もう自分でも何を言っているのかわからない。
だけど、
「ありがとう。俺のために泣いてくれて」
信玄さまは微笑みながら、きれいに折り畳んだ手ぬぐいで涙でぐちゃぐちゃの私の顔をそっとぬぐってくれた。
「やはり君は天女だ。あのときも今も、宙から舞い降りてきた天女」