第30章 五色の夜 春日山城編5 【信玄】
ようやく降ろされた場所は小高い丘の上だった。
地面に足がついても、まだ揺られる感覚が体に残りクラクラして、私はその場にへたりこんだ。
若い武士も両手をついて地面に座りこみ、天を仰ぎながら大きく息をしている。
あれだけ走って、刀を振るって、いったい何者?
とりあえずお礼を言わないと。
「あ…ありがとうございました。助けていただいて」
「そのまきびしは?」
「え、あ、忍者の友達が作ってくれました」
懐から残りのまきびしを取り出して渡すと、彼はまじまじと見つめる。
「これほどまでに精巧なものは見たことがない…。作り手はさぞかし強者だろう。それがお前の友達だと言うのか?」
やばい。ますます怪しまれた。
「はい。た…たまたま同郷で」
「ならばお前も忍者の里出身か?」
ああもうダメ、何か言うと余計に墓穴を掘る。
「名前は?」
また聞かれたけど、とっさに何も浮かばずアワアワしてしまった。
「…まあいい。後で送ってやる。どこへ帰る?」
「え?いいんですか?」
「偵察忍者にしては間が抜けている。突然、宙からあらわれたのは不可思議だが、もののけにしては…」
彼はそれ以上は言わなかったけれど、樽にはまって抜けなくなったり、化け物にしてもマヌケすぎるってことだよね。
どこに帰るかって…?
とりあえず、まだ戦国時代にいるようなので春日山城に帰らないと。
こんなに強い人に送ってもらえたらありがたい。
で、ここはどこ?
富士山に似た山の姿は見えるけどすごく大きいので、信玄さまと一緒にいた場所より山に近いのかな。
でも、付近でこんな合戦が起きている情報なんてなかった。
「助かります。どうぞよろしくお願いします。あの、あなたのお名前は?」
「自分は名乗らぬくせに人には聞くか」
「ああ確かに…すみません」
「俺はハル」
「ハル、さん…」
「ハルでいい」
そのとき馬の蹄の音が座り込んでいる地面から響き、私はびくりと肩を上下させた。
ハルは全く動じてないから、敵ではないのかな。
やがて何騎もの騎馬武者が駆けてくる。
「若殿ーっ!!」
え?誰?…と思ってたら、
「よくぞ戻った」
ハルが立ち上がり手を振った。
この人、大将だったの…?