第30章 五色の夜 春日山城編5 【信玄】
「それにお前は空中から突然あらわれた。もののけか?」
見られてたんだ。
もう怪しいを通り越して化け物だと思われてる。
これは問答無用で樽ごと斬られてもおかしくない状況。
気が動転して何をどう言おうかわからずにいたら、近くで耳をつんざくような銃声が鳴った。
武士は音のした方へ視線だけ向けると、刀を鞘におさめ片足を樽の側面にかける。
次の瞬間、
バァン!!
なぜか樽が破裂した!
彼は同時に私の両腕を掴んで素早く引っぱり上げたので、私は無傷で樽から抜け、気がつくと地面に足がついていた。
「大丈夫か?逃げるぞ」
「…」
びっくりしすぎて体が固まってしまった私を、彼は肩に担ぎあげる。
「あ…あの…」
「舌を噛むから黙っていろ」
「はい…」
彼は人を1人担いでいるとは思えない早さで駆けていく。
やがて猛獣のような喚声が上がり、たくさんの足音と甲冑がガチャガチャと鳴る音が近づいてきた。
後ろ向きに担がれているので全部は見えないものの、複数の敵に囲まれているのがわかる。
四方八方からの殺気。
それだけで息が詰まりそうになるけれど、私を助けた武士はひるむ様子もなく抜刀し、
「じっとしていろ」
とだけ私に言って応戦し始めた。
ええー!
何で私を降ろさないの?
右へ左へと激しく揺られ、さらに高く飛び上がり…
振り落とされないか、もう必死。
太刀筋を刀で受け止める重い衝撃が、幾度となく私にも伝わってくる。
どんな剣さばきかはわからないけれど、やがて1人、また1人と敵が倒れていった。
最後の一人が奇声を上げて襲いかかるも、すぐに返り討ちにあい地面に伏してしまう。
この人強い…
たった一人で、それも私を担いだままで大勢の敵を倒すなんて…
刀をおさめて再び彼は走り出す。
あれ?
倒れていた1人が体を起こして立ち上がり、刀を振り上げて追ってきた。
私はアワアワしながら懐から小袋を取り出し、佐助くんのアルティメットまきびしを撒く。
「くっ!何だこれ!!」
良かったー。足止めになってる。
ありがとう佐助くん、二回も助けられたよ。
「まきびしか?」
若い武士は驚いたように言った。
「はい…」