第30章 五色の夜 春日山城編5 【信玄】
二人で並んで歩く城下までの道のり。
私の右側に長身で堂々とした体躯の信玄さま。
隣にいるだけで包まれるような安心感がある。
「いつも勉強をよく頑張ってるな。知的な美しさが加わって、さらに魅力が増しているのを日々感じるよ。どこまで俺を魅了するのか、末恐ろしい」
いつもそうなんだけど、ものすごいお世辞だとわかっていても笑顔になってしまう。
ここまでカッコいい人に言われたら嬉しいし、信玄さまのお人柄が誠実で自然体だから、素直に受け取れるんだろうな。
「ありがとうございます。兼続さんに教えてもらいました。信玄さまの言う通りとてもわかりやすかったです」
「何よりだ。良かったらこれを君に。役立つといいんだけど」
そう言って渡されたのは小さな本。
力強く美しい文字が並んでいる。
「俺が幼少期から愛読している孫子の兵法を抜粋し書いたんだ」
「え、信玄さまが書いてくださったんですか?」
「ああ。戦の指南書であり、生き方の道しるべでもある。とにかく深いんだ。ぜひ読んでみてくれ」
「ありがとうございます!孫子は兼続さんからも少し教えてもらいました。勉強します」
これはまた、佐助くんが羨ましがりそうな超レアアイテム。
「それは良かった。そして今日はご馳走させてくれ。頑張ってる君をねぎらいたいんだ」
「そんな。私はただ自分のために勉強しているだけです。信玄さまがおっしゃっていた通り、生きていく力を身につけるために」
「その姿に俺は元気をもらえる。たおやかでいて心は強くてたくましい君を見ていると、励みになるんだよ」
私はそんな風に言ってもらえるほどの人間じゃないけど優しいな。
「では、お言葉に甘えて」
私の言葉に、信玄さまは白い歯を見せ爽やかな笑顔を浮かべた。
料理屋はとても雰囲気がよく、出された膳も豪華だった。
聞いていたかつおの刺し身やキジの焼き鳥のほか、煮物や餡豆腐、貝のお吸い物もついている。
彩りがよくてお皿や盛り付けまで凝っていた。
写真撮りたいな。
できないので、せめて心に焼きつけたくてじっと見つめる。
「どうした?食べないのか?」
「目で楽しんでました」
「なるほどな。俺は食べている君を目で楽しみたいんだが」
またそういうことを言う。
「…いただきます」
熱い視線が気になりながら料理を口に運んだ。