第30章 五色の夜 春日山城編5 【信玄】
さっき、切なくなったのはどうして?
幸村ともそうだったけど、恋人ではない人と過ごした夜が忘れられないくらいに素敵だったことに戸惑う。
親愛の情がある異性同士が、より理解を深めるための行為。
それを身を持って経験し、実際に彼らの人間性、魅力をさらに知った。
普段接していただけではわからなかったこと。
身体を重ねるのはたった1人の恋人だけ、という私にとって当たり前だった価値観が揺らいでる。
だけどやっぱり、そこにあるのが恋や愛ではないのが空しく、切なく感じてしまう。
複雑な気持ちをもて余しながら廊下を進むと、前から信玄さまがやって来た。
「名無し、探したよ」
何か用事があるのかな?
「これから俺と逢引しないか?」
あいびき…?
肉…?
じゃなくて、それってデート?
それも人目を忍んで会う、的な?
普段から挨拶のようにナチュラルに口説き文句を投げかけてくる信玄さま。
これは一体どんなニュアンスなんだろう。
ぐるぐると考えこむ私の様子に、信玄さまは眉毛を下げて笑った。
「何だか悩ませてしまったようで申し訳ない。城下に新しくできた料理屋の評判が良くてね。刺し身や焼き鳥の膳が旨いらしい。だんごやまんじゅうも出してる。良かったら一緒に行かないか?」
戦国時代のレストラン!
甘味を出す茶店は入ったことがあるけど、料理屋は行ったことがない。
美味しそう。行ってみたい。
今は午前中。これからってことは夜のお誘いではないよね。
「夕方までには解放するよ」
私の思考を読んだかのような信玄さまの言葉に、
「はい、行きます」
前のめりで頷いた。
「それに、話したいこともある」
一瞬ふっと笑顔が消えた信玄さまの顔。
そのまなざしは私を見ているようで、そのむこう、どこか遠くへと向けられている気がした。
支度をして城を出るとき、
「甘いもん食いすぎないでくださいよ」
通りがかった幸村に釘をさされる信玄さま。
「困ったな。甘いもの食べないと死んじゃう病が悪化してるからなー」
「ヘラヘラ笑ってないで、ちゃんと言うこと聞いてください。名無し、お前からもしっかり注意してくれ」
「うん」
この二人のやり取り、何だか可愛くていつも笑ってしまう。