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二人の航海者

第6章 想いは巡り会う


だから——これは、歌手としての『Aonn』では無い。
『蒼音』に、抱き締められているのだ。そう悟り。龍水は、囁いた。

「蒼音。…………ありがとう」
突然の感謝の言葉に、蒼音がピクリと身動ぎした。

「貴様が美女だとか、そんな事はどうでも良い。貴様の前では、そんな言葉すら霞むのだ。言葉にするのすら……俺には、惜しい。この感覚を、上手く表す言葉も。セリフも。この世には、無い。俺は所有していない。ただ、貴様と居ると、
……あたたかいのだ。全てが——」

身も心も。あたたかい気分に包まれながら、龍水もそっ、と目の前の愛しき人を抱き締め返した。

「龍水……」
蒼音は誰でも平等に接する。それは同時に、特別な人を作らないという事だった。男性は『君』。女性なら『ちゃん』、目上の人や高齢の人相手なら『さん』。呼び方のルールもそう決めて、誰にも心を開かない。その蒼音に名前だけを呼ばれて。錯覚してしまうのだ。この曲の中で咲き誇る、太陽の花が。

七海龍水。

自分の事ではないか、と。そう思う程に、優しさに満ちた、偽悪者の本性。誰も傷付けたくなくて、血を流して欲しくなくて。その為なら自分も犠牲にする。誰かの笑顔の為なら努力を惜しまない。笑顔の為に、自分が為せる事を淡々とやってのけ。今日もそんな機材があるとは知らせずに勝手にレコードまで用意して。音まで録音して…………

自分を。他ならぬ、七海龍水を楽しませる為だけに、蒼音は紡ぐのだ。二人だけの、世界の歌を。しばらくして落ち着いた龍水が抱き締める腕を離した。

「……蒼音。もう大丈夫だ」
「そう?」
蒼音の身体が、離れる。包み込む優しさが無くなり、夜風が龍水の身体を冷やした。自分が蒼音に近付く事こそあれど、

蒼音から来て。蒼音を突き放す様な事を言ったのは、初めてだ。それ程までに蒼音の腕の中も優しさも心地よかった。それに溺れて勘違いをして、先程の『花は巡る』は自分の歌だと決めつけてまた愛を迫る様な気がして仕方が無いのだ。
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