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船上の医師

第1章 【Prologue】船医との出会い


「救急救命の現場だと、致命的なシナリオを幾つか想定するの。その中から命に関わるものじゃないかどうかを確認していく『除外診断』をする。聴診器あてたりしたのはその為だよ」

 龍水が中学生位の若造だったからか、はたまた近くで目撃していた乗客と見たからか。患者のプライベートに配慮して病名までは言わずとも丁寧に解説する彼女に、なるほどな!と龍水は頷く。龍水にくっついて共に旅にやってきたクラスメート達は空港の入国審査の列に並び、そのやり取りを苦笑しつつ見守っている。
 
「貴様、いくつだ?俺は十四だ」
「私?私は十九歳だよ」
「若いな!」

 君に比べたらどうってことないよ、と笑う女医。——欲しい。船の上と同様に機材が限られる現場で、ああも冷静に治療行為をしたこの医者が欲しい!龍水の直感が「この人が良い」と告げていた。聞けば今は救急救命の現場で働いてるらしい。

「ほう?何処の病院だ!俺が遥かに良い待遇で雇うぞ!」
 龍水の何処から突っ込んだらいい質問に苦笑しながら、女医は答える。

「何処っていうか。MSFだよ」
 つまり、彼女は『国境なき医師団』で働いてるのだ。龍水の記憶では、国境なき医師団には本来普通に働けばもっと稼げるような医師が集っている。そして日本に居るよりも命を落とす危険の高い現場にいるのだ。

「アメリカで働いて、その後MSFに三年間いたんだけどね。久々に実家の日本に帰ってたの。ハワイへは旅行だったんだけど」

 まさかドクターコールに出会うなんて、と答える彼女の横顔は大人びている。必要最低限の給料が出るとはいえ、危険な現場で働くMSF。スタッフとして海外派遣されてから最初の一年目は職種関係なく、月額で十七万六千五百円しかもらえない。
 
「……済まないな。金の問題ではなさそうだ」

 龍水は悪かったと謝罪した。金で引き抜こうとしたら、ボランティア活動みたいな場所にいる人物だったとは。その高潔な精神まで金で取ろうとしたのは無粋以外の何物でもない。そう判断した龍水に、どうもこの少年は本気で自身を雇う気だったのか、と女医は悟った。
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