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船上の医師

第1章 【Prologue】船医との出会い


それでも事務的に処置を進めるメンタルは、確かに医師であった。点滴バッグを高く取り付けて、アルコール消毒した患者の腕に針を刺す。

「ルート確保しました」

 点滴の針を刺し終え、吹き出してきた血。点滴の管に繋げる彼女に、ホッと皆がひと息つく。次に聴診器を取り出し患者の胸にあてる女医に、機長からです、と伝言を伝えにきたキャビンアテンダントが休ませる間もなく問いただす。

「ドクター、成田空気へ引き返しての緊急着陸をする必要性はありますか?目的地まで持ちますか。今からでしたら成田まであと最低三時間はかかりますが」

 その判断まで医師に任せるのか?という空気が機内に充満した。
「え、戻るとかあるの……」
「マジで?」
「それはちょっと」

 勘弁してくれよ、ここまで来たのに。そんな空気が機内を満たす。あまりの事態に乗客が揃いも揃って思った事をそのまま口に出した。そうですね、と女医はその声すら聞こえてないかのように肺の音を聞いた後に、キャビンアテンダントに告げた。

「確認した限りでは大丈夫かと思います。今は緊急着陸の必要性はありません」

 その一声に、皆が静かに安堵した。それからずっと、その女医は患者の傍にいた。周囲とて彼女次第で成田に帰らされるかもしれないのだから、主な処置を終えた後も彼女を密かに観察していた。血圧も少し上がってきたのか、点滴バッグも全て使い切らずに済んだ。無事に飛行機がハワイに辿り着き、意識も戻った患者が運ばれてゆく。手を振っている女医の背中に、龍水は声をかけた。

「貴様!俺の船の船医になってもらえないか!?」

「………………は?」
 あの機内で取り乱すことなく処置をやり遂げた女医が、ぽかん、と口を開けた。

「飛行機の上では必要な機材も人材もなく、さぞ心細かったろう?それに法の庇護を受けられるかも微妙だ。なのに貴様は人命を選んだ。たとえ貴様が日本の医者であったとしても、あそこまで冷静な判断と処置は難しいだろう。ましてやその歳で」

「ちょ、ちょっと待って」

「待てん!ちなみにあの患者の容態はどう見た?」
 それは、と医師として答えられる質問に幾分か落ち着いた女医が返答する。
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