第1章 【Prologue】船医との出会い
コールが流れる間にも、「もしもし、分かりますか」と肩を叩く。呼びかけに開眼なし、等とひとつずつ確認してゆく。二の腕をグッと押して「低血圧ですね」と述べる。するとドタドタとキャビンアテンダントがやってきた。
「……お客様、他にお医者様がおられず」
お前の代わりは居ない。されど、お前では不安だ。暗にそう告げられた彼女は、きっ、とキャビンアテンダントを見上げた。ここで治療行為を行わない方が、彼女にはきっと良い。周囲のそんな想いを蹴飛ばすように、こう告げた。
「私は医者です。そして代わりは誰も居ない。この人は私の患者です。これだけあれば、治療を行う理由は充分です」
その台詞に、龍水は目を見開いた。アメリカですら、善きサマリア人の法に則って医療行為をしても患者に訴えられて敗訴することもあるのに。この医者は、目の前の患者から目を逸らさなかった。医師へのアンケートだと、ドクターコールに『迷わず名乗り出る』と答えたのはたった二割程度だったりするのだ。それを——
「まず身体をなるべく広いスペースへ移します。血圧計、ルートを確保する為の点滴の針、生理食塩水があれば出してください」
冷徹にも聞こえる彼女の声が、響く。機内の皆がその声に耳を傾けていた。龍水と先程まで語り合っていたクラスメートも、ごくりと唾を飲んでその場を見守っている。キャビンアテンダントの手を借りて、患者を少し広い前のスペースを運ぶ。救急救命の経験でもあるのだろうか?的確な指示に、周囲にいたキャビンアテンダントが散り散りになって女医の指示に従う。患者を運び、救命グッズを探しに行った彼女達は代わりに大きなバッグを複数個持ってきた。
「機内用の緊急バッグです」
医師の方しか開けられないので、と差し出されたそれを躊躇なく開ける女医。細かい道具が何処にしまってあるのかキャビンアテンダントには分からないみたいだ。彼女は流れるような手さばきで聴診器、気管支挿管セット等をカバンから出してはその表示を確認する。血圧計を使用して矢張り低血圧ですね、と判断。
「点滴セットはこれのみですか」
「は、はい」
どうやら針が足りないらしい。それでも尚治療の手は止めない。
「これがプロの医師か」
「ええ。龍水様」
龍水は感嘆して横に座る執事にそう漏らした。己のみが頼れる人材、というプレッシャーのかかる場面。
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