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船上の医師

第1章 【Prologue】船医との出会い


「……どうやら日本の医師で登録した人間はいないらしいな、フランソワ」
「そのようでございますね」

 龍水は隣りに控える執事、フランソワを一瞬見やった。フランソワは基本的になんだって出来る。もちろん執事としての仕事がメインではあるし、医療行為が得手では無い。しかし飛行機での医療行為で損害賠償責任を恐れたり、『他に乗ってる誰かがやってくれるだろう』と思って医者が敢えて名乗り出ないケースもあるのが現状だ。そもそも医者が居ない事もある。最悪誰も名乗り出なければ……と思っていると。

「私は医者です!」

 若い女性の声がした。後部座席から駆けつけて来たらしいその女性は、見たところ龍水とそんなに歳も大差なさそうだ。颯爽と龍水の横を駆け抜けては患者の元へと赴く。あまりの若さに「医学生か?」と思ったのは龍水だけではなかったらしい。

「お客様申し訳ございません。医師免許の方は」
「持ってます。アメリカの医師です」

 キャビンアテンダントが不安そうにする中、その質問すら予想してたかのように彼女は答えると、カードをぴらりと見せた。日本なら一人前の医者になれるのは早くて三十歳くらい。アメリカは医師免許さえあれば年齢関係なく医療行為が出来る。流石にこんなに若い人が医者とは思えなかったのだろう、大変申し訳ございませんとキャビンアテンダントが頭を下げた。

「フランソワ。ここはまだアメリカでは無いな?」
「はい。善きサマリア人の法の範疇の外かと」

 龍水はフランソワに確認を取る。『善きサマリア人の法』は新約聖書に書かれた例え話が由来となった、アメリカの法律である。病者など困っている人を助けようとした際に、結果的に望ましくないものだったとしても救助者の責任を問わない物である。

 ——彼女が本当に医者でも、ここで治療行為を行えば。最悪訴えられる可能性があるのだ。

「お客様、ここはまだ……」
 キャビンアテンダントもその点を指摘しようとするも。
「私の事を心配してるんですね?分かるよ。もう一度ドクターコールを流して。それでも他の医師が来ないなら私がやります」

 緊張に包まれた機内に、再度ドクターコールが流れる。人命か、己の保身か。即座に人命を取ったうら若き医者の姿を、龍水は間近の特等席で注視する。
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