第3章 君の肩には
「あー。神原君」
病院廊下にて、一人の女医が呼び止められた。
「はい」
神原雪乃は、最近七海学園附属大学病院のER、救命救急部に配属された新米医師である。実はアメリカの医師免許しか持ってない雪乃がこうして活動してられるのも、交換留学制度を使用しているからだった。お互いの病院で有能な医師を交換させる制度。雪乃自身はいずれ日本の医師免許の試験を受ける気ではあるが、今はまだ外様の人間。周囲には何だかよそよそしい扱いを受けていたのも仕方ない範囲だと割り切っていたのだが、この話し掛けてきた人間が厄介だった。
「君が先日助けちゃった人、そのまんま君の預かりになったから」
ER助教授。ここで二番目に偉い人間にしては淡白かつ冷たい申し送り。——助けちゃった人。ああ先日初当直で助けた女性の事かと雪乃は脳内で変換した。医師からも自殺患者は敬遠される存在ではあるが、こうも露骨には出さない。皆心の中でもっと他に搬送すべき人が、助けるべき人が居ると密やかに思う程度だ。
「分かりました」
「君、あの御曹司の帆船乗るんでしょ?あんま患者抱え込まないでねー」
引き継ぎとか面倒臭いんだから。そう言い残して、助教授は去って行った。雪乃はその背中を軽く睨んでから、担当患者の元へと赴く。雪乃の実年齢は還暦であっても、この世界では十九歳。医大生である。元の世界ならまだしも、若すぎて信頼されない。幾ら天才だとしても、だ。ERでの受け持ち患者の元を一通りぐるりと周り話を聞く。仕事を一通り終えてから帰路についた。
「あ、やべ。龍水から電話来てるじゃん」
雪乃は変人——と言っても雪乃がこれは勝手に言ってるだけだが——の友達、七海龍水に電話をかけた。はっはー!と聞きなれた台詞と共に龍水が出る。
「仕事は終わったか雪乃!?帆船航海のスケジュールが出来たぞ」
「うん。出来たデータ送って」
ああと龍水。写真がぽんとLINEで送り込まれる。それを見ながらふむふむと雪乃は吟味する。今度の処女航海では船医である雪乃含めて数十人が乗る。まあ初航海だ、体調不良、特に船酔いとかの類いは沢山出るだろうと当たりをつけながら懸念すべき事案をリストアップしてゆく。