第2章 巣立ち
五日、それはニルダにとって長い時間だった。
ある夜など血をくれと夜中懇願する村人が戸を叩き、
そうでなくても追っ手が村に現れるのではと不安を募らせる。
その日はあいにくの雨で、塞がった筈の傷が疼いた。
なぜかは分からないがラキは機嫌がよさそうに見える。
長く暮らした家族、安全な場所を置いてきて
どうしてそんな顔で居られるのだろう。
「ニルダ!」
「えっ」
「あ~!」
自分の足元を掠め、何かが駆け抜けて行った。
遅れて振り返った背後にはつむじ風しか残っておらず
何事かとポカンとしているとラキがむくれた顔をした。
「せっかくのお肉だったのに……
今のは風切りイタチだよ。脚、ちょっと見せて」
「あっ、え……いつの間に」
全く痛みはないがダラダラと血が筋になり垂れていた。
玉のようなそれを見てラキの目の色が変わるのが分かり、ゾッとする。
しかしラキは頬を叩くと布を出して傷を縛った。
「次は切られない内に踏んづけてね!」
「ふ、踏むの!?」
「……手で捕まえられるの?」
「うーん……」
どうやらそれは白く長い尻尾が動いたような生き物らしく、
イタチとは名ばかりとの事だった。
麻痺毒のある肘先で切り付け、怯めば何度も繰り返して弱らせるらしい。
その性質から言えば、まだ近くに居るんだろうか。
「雨で良かったよ、
じゃなきゃ血の匂いで色々寄ってきてたかも」
事も無げに言われ背筋が寒くなる。
私は生きてラキの言う場所に辿り着けるのだろうか。
そんな話をしていると不意に地面が小刻みに震えだした。
ラキが咄嗟に身構えるのが横目に見える。
瞬間、ドッと獣達が駆け抜けていき弾き飛ばされる。
「何!?」
「私たちが目当てじゃない……!アレ!」
いつの間に跳び上がったのだろうか、
ラキが木の上からどこかへ指をさした。
その方向に目を凝らすと木立の隙間から煙が空に上がっている。
あっちに何かあるのだろうか、下からではよく分からない。