第2章 巣立ち
その日の夜、父は旅に必要なものを手に再びやってくると小屋の前で煮炊きを始めた。
「どうだろう……?」
「野菜のシチューだ!!!」
「シチュー?」
父は料理が得意だ。好きなのではなく手先が器用な部類で、
自らとは異なる食性だとしても美味しく作れる。
小さな頃に同じ物を食べたいと駄々をこね、
シチューとパンを食べた父が腹を下したのを思い出す。
「私は得意ではないけれどラキが好きでね。
ピュアヒューマンをほとんど見た事がなくて……
もし胃が受け付けなかったら言ってくれ」
「私の大好物なの、全部トロトロで甘いんだよ!」
「……!美味しい!」
ニルダは一口含むと目を輝かせ、勢いよく食べ始めた。
それはそうだ、たまにラキが持ち込むとしてもそれは少量の食事。
しかも吸血鬼はピュアが主食にする穀物を必要としない。
「口に合ったみたいで良かったよ、
ラキと同じで血も平気だと良いんだけれど」
レグナは焚き火にくべられた鍋を混ぜるのを止めると
自らも食べられる串焼きにした肉を皿に並べていく。
果実と香辛料と血を合わせただけのソースをかける。
「この赤い果実はこの辺の森ならどこでも見かける。
乾燥させた香草と血を混ぜれば味付けは簡単だからね、分かったかい?」
「うん」
シチュー皿をよけ、香草の小袋を受け取り鞄に詰める。
しかしこんなに美味しい食事はきっと最後になる。
アンダーグラウンドはヒトに優しくない環境だ。
元々、人間たちはオーバーグラウンドに暮らしていた。
吸血鬼には日光の直射がないアンダーグラウンドは体質に適しており、
だからこそ下の方が亜人の文化が残っている。
地上は今や簡単には踏み込めない未開の地と化しているらしい。
しかしラキとニルダはピュアヒューマン、
肉だけではなく穀物や植物を食べなければ生きられない。
文化的であれば小麦粉と果実は手に入りやすい。
野菜は流通量が少なく嗜好品であり高級だ。
幸い、ここは吸血鬼村なので多彩な食性に合わせる為に
教会が畑が作っているので野菜にはさほど困らない。
でも、これからはそうもいかない。
「血が飲めない時のチーズ、体調を崩した時のイモだよ。
無駄遣いしたらダメだからね!街についたら必ず買いなさい」
「はいはい」
「ラキはチーズをよく摘まみ食いするから……」
「分かったってば!」
