第9章 遊郭前編
その日の夕方。
名前は遊郭の外れに来ていた。
人が盛んに行き交い、繁盛している大きな店が多い中心部とは違い、人の姿は殆ど無く建物も古いものが目立つ。
もう使われていないのだろう。
耳を済ませると遊女の逃亡を防ぐドブの水の音を微かに感じた。
……鬼の気配を感じる。
日はまだ落ちきっていないが警戒しなければ。
人の居ない長屋を一件一件探って行く。
……近くにいる。
息を潜めて、長屋を覗こうとした時。
一瞬、背筋がぞくりと震える。
「そっちから来てくれるなんてなぁ」
声が聞こえたと同時に名前は刀を抜く。
その声の主は赤黒い鎌のようなものを容赦なく名前に振り下ろした。
重い斬撃を受け止めた名前は歯を食いしばり、渾身の力で振り払い距離を置いた。
『……』
「いいなぁ、いいなぁ。美形だなぁ。さぞちやほやされて生きてきたんだろうなぁ」
全身の細胞が警告している。
この鬼は、上弦だ。
直ぐに体勢を立て直し、刀を構える。
鬼は腹の部分が極端に痩せこけていて、肌には黒い痣が疎らにある。
半月形の目には「上弦、陸」と入っている。
「大分前からコソコソ嗅ぎ回ってたのはお前だなぁ。女に好かれてなぁ、いいよなぁ」
今まで気配を探れなかったのが嘘のようなおぞましい気配。
前に猗窩座とも刀を交えたが、それとはまた違う憎悪に塗れた気配だ。
鬼は自らの爪で身体を掻き毟り、名前を睨む。
「殺してぇなぁ。殺してぇなぁ……じっくりその顔が苦痛に歪むのを見てぇなぁ」
鬼の姿は名前の目の前に現れ、鎌を振り下ろした。
『っ……』
間一髪で鎌の攻撃を避け、刀を振るう。
鬼も名前の攻撃を諸共せずに避け、鎌の攻撃を仕掛ける。
直感的に鎌から出る斬撃を食らったら駄目だと感じる。
「くく、この鎌にかすりでもしたらヤバいって事に気づいたなぁ。そうさぁ……この鎌は猛毒なんだぜ……だが避けられるかなぁ?」
鬼は鎌を構えると口角を上げて言った。
その瞬間
『……なに…ッ?』
帯。
薄い赤色に目のような花模様の帯が、名前の足に巻きついていた。
鎌の鬼に気を取られて気づかなかった。
「ヒャハハ」
動けない名前に赤黒い斬撃の雨が降った。