第9章 遊郭前編
とある遊郭の一角にある薄暗い部屋。
店の一番北側に位置するその部屋は、普段はその部屋の主以外は余程のことがない限り誰も近づかない。
蝋燭の火がゆらゆらと揺れる中、一人の花魁が鏡に向かい紅を付けていた。
その肌は白く、目は黄金色に輝いているがどこか怪しげな赤が入り交じる。
「さぁて、どう来るかしらね」
「最近なぁ、うるさいんだよなぁ、せっかく寝てるのになぁ」
「お兄ちゃんも出るの?」
「まぁなぁ、柱っぽいしなぁ」
その影は一人だが、影は誰かと会話しているように見える。
ふとその影がじわりと大きくなると、それはふたつに分かれ……
闇夜に消えた。
ーー
炭治郎たちが遊郭の各店それぞれに潜入して数日後の夜。
名前は宇髄に頼まれ三人の定期連絡を待つために遊郭の屋根の上に居た。
炭治郎と伊之助はすでに一度合流し、鬼についての情報を共有してから解散した。
善逸が姿を表さないのは抜け出す暇が無いのかと思っていたが、鴉も来ないために名前は善逸のいる京極屋へと向かった。
服を着流しに着替え、遊郭の客へと変装する名前。
京極屋に入ると店の雰囲気がほかの店と違うのを感じた。
『邪魔するよ』
「あ、は、はいっ、少々お待ちを……」
ここは、数日前に楼主の女将さんが亡くなった所だ。
屋根から落ちたと聞いたが、もしかしたらそれは鬼の仕業ではないのか。
忙しなく動く女中を見ながらしばらく待っていると、ふいに名前の耳に「善子」という言葉が入ってきた。
「善子が居ない?」
「ええ、今ご飯持ってったんですが、居なくて……」
「旦那さんに言いますか?」
「いや……旦那さんさっきの事で気が立ってるから……」
「ああ、蕨姫花魁を善子が怒らせちゃったんだっけ」
蕨姫花魁。
確かこの京極屋一番の花魁だったか。
噂だと客に見せる顔と裏では相当違うらしく、同じ遊女から恐れられている花魁だ。
そんな花魁を善逸が怒らせた。
潜入しているのだから大きな揉め事は普通は避けるが。
色々な予感が頭を巡る。
客として入ってみようかと思ったが、ここは宇髄に報告した方がいい。
『忙しいようならまた来るよ』
名前は通りかかった女中に言うと京極屋を後にした。