第3章 デミグラスソースに血が騒ぐ
「っあー、ちょっと張り切りすぎたかな…」
エプロンと帽子だけ外すと、はソファに横たわるようにして、思い切り体を預けた。
どっと疲れが押し寄せてくる。久しぶりに城の厨房に立ち、王家と貴族、そして兵士や使用人たちの食事を用意した。
献立を仕入れに影響させない程度に見直し、落ちた回転率を戻すために、厨房内の片付けもさせた。
ビストロの稼働に慣れていたからか、来て早々に関係の無い骨の折れる仕事をしてしまった。
しかも無理やり、自分から。
少し後悔している。
昼餉の際にハイラル王がゼルダに言っていた「使命」の話を思い出すと、自分もまたここへ来た使命を忘れかけていたことに気がつき、今更恥ずかしさが込み上げてきた。
だが、の直感は正しかった。
結果的に、作り方こそ合っていたが、デミグラスソースの要となる赤ワインの銘柄が違っていた。
あのワインは、先代料理長が自ら農園に赴いて吟味した味だ。
そう簡単に変えられては困る。
よくよく考えてみたら、困るのは私でもないし、今日の昼餉の時に誰一人として気が付かなかった。
私がいない間、デミグラスソースを使った料理なんて何度が提供したことがあるだろうし、今日も私が言っても気が付かなかった。
一体誰がどんな風に困るのだろうか。
やっぱり要らぬことをしてしまったのか、と自責の念に駆られる。
「…あー」
情けない声を出しながら、顔を手で覆ったところで部屋のドアが遠慮がちにノックされる音が響いた。
突然の訪問に驚いたが、反射的に勢いよく起き上がると、ボサボサになったショートヘアをそそくさと直し「はい、今出ます!」と返事をしてドアを開けた。
そこには、木で編まれた籠を持ち、薄桃色の部屋着に身を包んだゼルダがいた。
「っと、姫様?」
思わぬ来訪者に、は素っ頓狂な声を上げてしまった。
口の前に人差し指をかざすと、「しぃー」とお茶目な表情を浮かべた。
「失礼しますね」と言うと、するりとの脇を抜けて部屋に入ってきた。
一瞬だけ、ふわり…と花のような石鹸の香りがした。
いい匂い…と思ってるのも束の間で、は慌てて部屋の扉を閉めた。
「すみません、突然来てしまって…」
と籠をテーブルに置きながら、申し訳なさそうにもいたずらっぽいようにも見える顔をした。