第3章 デミグラスソースに血が騒ぐ
の小さな声に、一同は目を丸くさせた。
スプーンを持ったまま、我を忘れたように何かを考え込むに、ゼルダは遠慮がちに「…?」と声をかける。
それに続き、ハイラル王も「どうかしたのか」と尋ねる。
2人の質問は答えず、口早にはこう言った。
「失礼とは存じますが、私をもう一度、厨房に入れて頂けないでしょうか!?師匠…いえ元料理長が作った味や、私が教わった味と、かけ離れていまして…!」
王族の方々に、このような味を提供するなんて…と声を震わせるの目は、悔しそうにゆがめられていた。
そんな様子を見たハイラル王は、スプーンでビーフシチューを掬いあげると、一口啜った。
よく味わってみたが、彼女の言う「違う」というのは分からなかったらしい。
だが、の鼻と舌は本物だ。
今は亡き先代の料理長に、とことん宮廷料理の全てを叩き込まれ、若くして跡を継いだ確かな経歴がある。
彼女が送ってきたハイラルでの半生を見る限り、生半可な気持ちで口にした言葉では無いことは、火を見るより明らかだった。
「よ、今日のみ厨房への入室を許可する」
厳かな声が響き、は素早く立ち上がり膝をつく。
「ありがとうございます、陛下!」と声高に伝えると、ハイラル王は「とにかく、まずは食事が済んでからにしよう」と、再び席に座るように声をかけた。
は少しだけ顔を赤らめながら椅子に腰かけた。
そんな様子を、ゼルダは真剣な眼差しで見ていた。そして、少しだけ目尻を下げると、父─ハイラル王の方を向いた。
「お父様、その…私もに同行してもよろしいでしょうか…?」
遠慮がちな彼女の言葉に、ハイラル王は「ならぬ」と一言だけ伝えた。
「はい、わかりました…」
予想はしていたのか、ゼルダは呆気なく食い下がった。
「ハイラルの姫であるそなたには、使命があることを忘れてはならん」
「はい…」
そのやり取りは、この時には理解できなかった。
ただ、見るに堪えないほど悲しそうに俯いたゼルダに、なにか優しい言葉をかけてあげたかった。
後に、嫌でもその言葉が示す現実を目の当たりにするとは、この時は微塵も思っていなかった。