第3章 デミグラスソースに血が騒ぐ
そうよね、ねー、と使用人の2人は忙しなく口と手を動かして話している。
やや大袈裟にも聞こえるが、間違っては無いのでは苦笑混じりに頷いた。
「そうですね、日が昇る前に起きて仕込んで、朝食のあとは昼食の準備。少し休憩したら今度は夕食の準備…今思えば、目が回るように忙しかったです」
懐かしむようにそう言うと、は「ただ…」と言葉を続けた。
「この国を支えてくださっている方々の食事を作るなんて、私にとっては幸せなことこの上ありませんでした」
はにかみながら言うに、2人は顔をほころばせる。
だが、すぐに1人がはっと手を口で抑えると、そういえば…とコソコソと耳打ちするように話し始めた。
その片手は未だの髪を整えている最中で、よくそんな器用なことが出来るなとは感心した。
「そういえば今日のお昼は、ビーフシチューの日じゃない?」
「あ!きっとそうよ!私ね、今朝厨房に赤ワインがたくさん運び込まれてるの見たわ」
「じゃあ絶対そうね!休憩が待ち遠しいわ」
うっとりと献立の話をする2人に、に思わず笑みを浮かべた。
食事に期待を膨らませる人の顔って、どうしてこんなにも愛おしいんだろう。
師匠はいつもこう言っていた。
「いいかい、。お腹を好かせてる人がいたら、その人がどんな敵でも、どんな悪党でも、お腹いっぱいに食べさせてあげなさい。それが、一流の料理人の責務だ。誰しも飢えに苦しむ必要は一切ないんだよ」
まだ小さかった頭に乗せられた、荒れた大きな手を思い出す。
生きる道をくれた彼の言葉を忘れたことは一度としてなかった。
「あら大変!もうこんな時間だわ!様、そろそろ行きますよ」
仕上げに肩や袖を洋服ブラシでこすられ、はねた毛を整えられる。
立ってください、と言われ素直にそうすると、今度は姿見の所まで引っ張られる。
「わぁ…」
いつもと全然違う自分の姿に、思わず声が漏れた。
「ささ、遅れてしまいますわ」
「行きますよ!」
手を引かれ、使用人の勢いに終始圧倒されていたが、思わず足を止めた。
「そういえば、これからどこへ行くのでしょうか?」
その言葉に、二人はえっ!と顔を見合せた。
「これから陛下と謁見し食事をするんですよ!」