第1章 misericorde
どうして、とリーバルは眉を顰めると、マヤはぽつぽつと雨音のように語り始めた。
「私、酷い怪我して…手足も、全部、折れてる...お腹も打って、とても見せられるような状態じゃないの…」
でもね、とマヤは続ける。
「私、どうしてか、全然死なない…!もう死んでもおかしくないのに…私おかしいの…」
ぽろぽろと涙を流す彼女にかける言葉がすぐに見つからず、リーバルはひたすら白い息を吐くことしか出来ずにいた。
確かに言われてみれば、彼女の状態を見れば生身の人間が生きてるのが不思議な程に、マヤの怪我は酷かった。
こうして意思疎通も出来るし、滑落してからかなりの時間この寒空の下にいるはずなのに、人間は思ったよりも生命力が強いのかと考えさせられた。
だが、生きてるなら話は別だ。早く何とかしないと、と思う。とにかくせめてリトの村に連れていかなければ。
「マヤ、僕は応援を呼びに行くから、もう少しここで頑張れるかい?」
その言葉に、マヤは首を横に振った。
「もう、ここから動けないです…身体中痛くて、たまらない…早く、もう、早く終わらせて欲しい…」
「終わり」というのが、何を意味するのかは考えなくてもすぐにわかった。
早く殺してくれ、ということなのだろう。
ひゅう、と一際冷たい風が吹くと、マヤは力なく悲鳴を上げた。
「痛い、痛い…お願い、リーバルさん、どうかお願い…」
正直、もうこんな姿見てはいられないと思っていた。ここまで来たらもう、早くどうにかしてあげたいという気持ちに変わってきていた。
自ら手を下すのは本当に気が引けた。
リーバルもまた、マヤを愛していたから。
こんな時に自覚するのはすごく残酷に思えたが、その思いは頭から離れずに、ずっと残ったまま。
愛する人の苦しむ姿をもう見たくない、彼はついに決心した。
「本当に、いいんだね?」
「…はい、こんなこと、あなたに、お願いするのは、申し訳ない、と」
「大丈夫だから、もう、喋らなくていいから。目を閉じて、力を抜いて」
幸い、短刀を持ち合わせていた。
鞘から抜き取ると、マヤの首筋に刃を当てた。
凪ぐように短刀を流すと、勢いのない鮮血が溢れた。
マヤは苦しそうに呻き声を上げ、荒い息をしていた。