第1章 misericorde
血痕の変色具合から、マヤが滑落してからしばらく経っていることがわかった。
もしかすると、もう手遅れかもしれない。
そう思いはしつつも、せめて亡骸だけでもと思い、暗い崖の下をゆっくりと降りていく。
既に日は落ちており、鳥目のリーバルは気が気ではなかった。
早くしないと、早く見つけないと…
と、ふと前を見やると、指先に赤い包帯を巻いた手が岩陰から覗いているのが見えた。
「マヤ!!!」
すぐさま駆け寄り、恐る恐る手から先を見ると、酷い怪我をしたマヤが、関節という間接をあらぬ方向に曲げて岩にもたれかかるようにして倒れていた。
「嘘だろ…マヤ!起きなよ!頼むから、起きてくれ!」
傷病人を揺さぶるのは良くないとはわかっていたが、そうしない訳にはいかなかった。
幸い、顔は擦り傷で済んでいたが、額からは出血をしていた。
長く出血しっぱなしだったからか、顔はいつもより青白くなっている。
リーバルは、生きてきた上で1番切羽詰まっていた。
正直、もう手遅れでもおかしくない状態だが、その事実を受け止めるのが嫌で、何度も何度も名前を呼び、頭を撫でたり肩をさすったりしてどうにか起こそうと試みた。
どうやってもマヤが起きる様子はなく、リーバルは力なくマヤの胸に頭を預けた。
深いため息をつき目を閉じると、何かが聞こえた気がした。
ゆっくりとした、小さな音。
マヤの胸からだ。
それが心音だと分かると、リーバルは息を呑み、その大きな翼でマヤを抱きしめるように包み、少しでも体温を上げようと、大きな翼でマヤを包み込んだ。
その一連の行動が幸いしてか、マヤはうっすらと目を開けた。
「...リーバルさん?どうして...」
その弱々しげな声に、リーバルは顔を上げると、うつろな瞳と目が合う。
まるで、今にも消えてしまいそうなロウソクの火のよう。
「聞きたいのはこっちだよ!なんでまた、こんなところに…それより、村へ戻って手当しないと...」
焦りから強い口調でリーバルはそう言うと、マヤを持ち上げようと翼を広げた。
大きなそれが離れていくと、マヤは「だめ…」と小さく声を上げる。
「だめ…リーバルさん、どこにも行かないで…私を連れていかないで…お願い」